編集者座談会

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編集者を目指す若者へ
伝説の編集者・鳥嶋和彦が語る「編集者とは」

聞き手:新福恭平(株式会社ブシロードワークス 代表取締役社長)

鳥嶋和彦

集英社「週刊少年ジャンプ」にて、『ドラゴンボール』の鳥山明氏などを担当し、大ヒット作を数多く世に送り出してきた伝説の漫画編集者。2022年から株式会社ブシロードの社外取締役を務める。

新福恭平

『魔法使いの嫁』などを担当する漫画編集者。現在は株式会社ブシロードワークスの代表取締役社長兼漫画編集者として、新しい漫画作品の立ち上げと後進の育成、出版社経営に取り組んでいる。

出版社を志望していた当時を振り返って

編集者の仕事とその就職活動についてお話をお聞きできればと思います。まず、鳥嶋さんご自身が就職活動をされた時はどういう社会状況だったのか、その際にどう仕事を選んでいったのかについて伺えますでしょうか?
僕が就職活動をしていた時は、オイルショックの後の就職不況でメーカーの半分が採用中止。一番行きたかった文春とか広告代理店、テレビ局は、ほとんど採用中止になった時でね。48社受けて2つしか受からなかった。大学3年生で就活をするとなった時はまず、自分が人より優れていると思えるところを書き出していったね。ひとつずつ本当にそうなのかチェックして潰していったら、残ったのがたったひとつ、「人より本をたくさん読んでいる」ってことだったんだよ。そうすると、作家になるか編集になるか。でも僕は作家になるには致命的な欠陥があった。どういうことかというと、今日嫌なことがあって、それを結晶化して文章に残そうとしても、明日起きて天気が良かったりすると忘れちゃう(笑)。であれば作家には向いてないなと。それで残ったのが編集者だったから出版社を受けた。
自分を分析した結果、編集者になろうというところから出版社を受けていったんですね。面接では何か対策はされていましたか?
この出版社でこれがやりたいって話を率直にしていたね。出版社を受けるとなると、それぞれのメインの雑誌があったりするから、それをしっかり読んで、その出版社で何をやりたいかってことを明確に話す。変に自分を作っていくよりは、できるところをしっかりやって、後は素直に熱意を伝えるのがいいんじゃないかな。
そのような就職活動を終えて集英社に入社されるわけですが、ジャンプ編集部への配属はどのように決まったのでしょうか?
僕は集英社で『月刊プレイボーイ』をやりたかった。僕が入る前の年に創刊されて、それがものすごく売れていてね。50万部ぐらいが半日で売り切れるくらい。インタビューや非常に質の高い小説が掲載されていた雑誌なんだけど、それを見て「すごくやりたい」と。面接ではほぼその話しかしなかった。それで入社したらジャンプ編集部に配属で、非常にびっくりしてね。なぜなら『少年ジャンプ』を知らなかったから(笑)。漫画もまったく読んだことがなかった。
なぜジャンプ編集部に配属されたかは、後年お聞きになったりはしましたか?
いや聞かなかったね。ただ推測するに、集英社の筆記試験には「三題噺」というのがあって、それが要因だったんじゃないかな。3つの単語を与えられて800字でショートストーリーを作る課題なんだけど、僕の時は「卑弥呼」と「Gパン」と「遺伝子」だった。面接でも書いた内容について聞かれたりしたから、重きを置かれていたんじゃないかな。僕はその課題でSFを書いたから、ジャンプだったんじゃないかって。
「三題噺」は自分の就職活動中もありました。編集者に必要な能力を見るのにぴったりの試験だなと思います。

若手編集者だった頃、
漫画編集という仕事の面白さに気づいたきっかけ

そこからジャンプ編集部での日々がはじまっていくわけですね。配属当初はどのように過ごしていたんでしょうか?
配属されてまずショックだったことは、新入社員ってことでバックナンバーを最初に読まされたんだけど、それが全部まったく面白くなかったということ。漫画を読んだことがなかったというのもあるけれど、とにかく読んだら面白くなくてさ。ある日デスク(編集部の主任)に、「最新号の漫画を読んで、面白いと思う順番に列挙して一言コメントをつけて」って言われたから、その通りやってみたのね。そしたら、自分の評価と読者アンケートの評価が真逆だったわけ。
自分の評価と読者の評価が真逆だと、なお戸惑われたと思います。その中でどうやって「漫画編集って面白い」と思われるようになったんでしょうか?
漫画編集という仕事が面白いと思ったひとつのきっかけは、最初に担当した「ドーベルマン刑事デカ(原作:武論尊ぶろんそん、描画:平松伸二ひらまつしんじ)」って漫画だったね。初代担当と一緒に引き継ぎの打ち合わせをしたんだけど、その時の感じが一方的でトップダウン、作家が「はい」と「いいえ」しか言わなかった。その感じがすごく嫌でね。僕は上の人間に「こうしろああしろ」って言われるのが死ぬほど嫌いなんだよ(笑)。だから平松さんを担当するにあたって、とにかくまずは作家と雑談をする、コミュニケーションをとれないことには打ち合わせできないと思ったんだよね。「はい」と「いいえ」しか言わなかった人間と雑談をするまで3ヶ月かかったよ。あの手この手で雑談するきっかけを作ったな。
雑談を“作る”という考え方は大事ですよね。作家さんとコミュニケーションをとらないと漫画は作れない。
それでやっと話ができるようになった頃かな。僕は平松さんの担当を続ける中で、彼の漫画に対してキャラの描き分けができていないなという課題を感じ始めていて。たまたまある回で可愛い婦警が出てくる原作が上がってきた。今まで通り、平松さんが婦警を描いてきたんだけど、上がった完成原稿を見て「なんか違うな」と。原作から受けた印象ではもっと可愛らしいキャラクターのイメージだったんだけど、違和感があったんだよね。そう思いながらもずっと言えないで、編集部で原稿を何度も見直していたんだけど、どうしてもこの原稿で入稿してはいけないと思ってしまってね。やっぱり描き直してもらおうって決めた。ただ「キャラが違う」って言ってもどういうふうに直せばいいかわからない。そこで彼にイメージをしやすくしてあげたくて、編集部にたまたま転がっていた『明星みょうじょう』を見たんだよ。その中にタレント人気ランキングが載っていて、「これだ」と。その明星を持って平松さんのところに行って話をした。その場でスケッチしてもらって「このキャラでいきましょう」となった。もうアシスタントは全員帰した後だったけど、彼は婦警さんの顔を全部修正してくれてね。そうしたら、それまでアンケートで下位だったのが、いきなり5位になったんだよ。原作の武論尊さんもすごく喜んでくれて、既に上がっていた原作を捨てて、婦警さんをメインに持ってくる原作を書いていってくれた。それから3位、1位となっていって、「ああ、面白いかも漫画の編集は」って思うようになったね。
作家さんの能力を引き出せた、作品がより輝く一面を見せられた事で人気が上がったと。編集者の仕事の面白い点のひとつですね。他にもありましたか?
漫画編集が面白いと感じたきっかけはもうひとつあってね。それは「文法」がわかったこと。
文法ですか?
そう。それがわかるようになったのも新入社員の時。新入社員ってずっと編集部にいると雑用を言いつけられるんだけどそれが嫌で嫌で。自分がやらなきゃいけない業務を全部終えたら、小学館の資料室に「お昼行きます」って昼寝しに行っていたんだよ(笑)。この小学館の資料室っていうのは、当時、全部の出版社の漫画雑誌があってね。しばらくしたら昼寝をするのも飽きてきたので、ジャンプ以外ってどんな雑誌があって、どんな漫画が載ってるのかって興味が出てきた。それで、1回全部読んでみようと思ったの。読みはじめてわかったのが、僕が面白くないと思う漫画がジャンプに載っているだけで、他の雑誌には面白い漫画がたくさんあった。漫画にはいろんなジャンル、いろんな視点のものがあるのがわかって。特に面白かったのは少女漫画だね。萩尾はぎお望都もとさんの『ポーの一族』や竹宮惠子たけみやけいこさんの『風と木のうた』といった、いわゆる24年組の漫画は新しかった。それを全部片っ端から読むには相当なスピードで読まなきゃいけなくてね。そうすると、面白い漫画にはひとつだけ共通点があるってわかったのよ。
面白い漫画の共通点ですか?それは何だったんでしょうか?
新福君もわかると思うんだけど、それは早く読めること。手が止まらない。手が止まる漫画は大体面白くないんだよね。じゃあ1番早く読める漫画は何かって僕の中で対戦させてみたりした。優勝したのはちばてつやさんの『おれは鉄兵てっぺい』。ちばさんの漫画を読みながら、なぜこの漫画がこれだけ読みやすく構成されているのか、分析しながら何度も何度も読んだよ。コマはどうなのか、セリフはどうなのか、考えながら。その結果、さらにわかったことは、漫画には文法があるということだった。その文法の正否をみようと思って、他の漫画に当てはめて読んでみたら、面白い・読みやすい漫画はその文法がちゃんとできていて、面白くない・読みにくい漫画はそれができていないことがわかった。
なるほど。文法というのは理解しやすい表現です。確かに、ジャンルや傾向毎に一定の共通項がありますよね。その文法をどう活かしていったんでしょうか?
やはり、自分が担当している新人漫画家に適用したらどうなるかだね。ダメな編集者って感想しか言えないんだけど、その時初めて僕は感想レベルの打ち合わせから脱却した。まず面白い面白くないっていう判断があって、その後になぜ面白くないのか、どうすれば面白くなるのかという分析、最後にじゃあこうしようって提案をする。そういうレベルの打ち合わせができるようになった。ちょうど漫画賞で鳥山くんに出会ったのもその時期だったね。そうすると新人の漫画のレベルがどんどん上がるから、アンケートが取れる。この2つの事例がほぼ同じ時期に来て、「面白いな」って思うようになった。
わかります。自分なりに文法が見つかって、作品の成長が感じられて面白くなっていく。そういうところに漫画編集の面白さを感じて、漫画編集の仕事に邁進していくわけですね。

編集長として、多くの若手編集者を見てきて

編集者としてキャリアを積まれた後、編集長になられました。編集長になって人を育てる立場になった時、編集者として向いている人の特徴などはあったのでしょうか?
採用面接も結構やったけど、最初の印象だけでは、編集者に向いているかはまったくわからないね。面接では受ける側も質問を想定してくるから、極力想定外の質問をして、どう答えるかを見ていた。答えの内容よりもその時どう反応するかが大事だなと僕は思ってね。ボディーランゲージもよく見た。流暢によどみなく答える人間よりも、ちゃんと相手の話を聞いて返せるかどうか、自分の主張ができるかどうかを見ていたね。ただ、それで選んでもやらせてみないとわからないし、やっぱり編集者としてちゃんと仕事をできるようになるまでには、早くて3年から5年はかかる。
自分もきれいに作ってきた答えより、普段から考えている事からくる意見、その深さや粒度のほうが気になりますね。ただ、鳥嶋さんほどの眼力があっても編集者に向いているのかわからないと。
わからない。ただし、成長が止まる人間はわかっていて、それは要領よく仕事を覚えて周りに合わせる人間。これは大体止まるね。伸びる人間は、ちゃんと自分があって、相手のことをきちんと見て対応できる、腰を据えてやれる、慌てない人間。さらに言うと、漫画だけをよく知っている人間はかえって危ない。なぜかというと自分の好みがあるから。自分の好みがあると、好みじゃないものが来た時に、それを好みに合わせようとしたり、違う個性を排除したりする恐れがある。僕はジャンプの存在を知らなかったから、1回まっさらな状態で、漫画を全部俯瞰で捉えて入っていけた。だから周りの編集者より視点を高く、広く持って仕事ができたと思う。
なるほど。同質性を高めると、作品に多様性が生まれにくく、自滅しやすいという事ですね。漫画に限らず、物語を伴うものにはしっかりと知識があったほうがいいと思われますか?
映画を見たり本を読んだりして、それがなぜ面白いのか/面白くないのかを自分の頭で判断して言語化できるのは大事かもしれないね。さっき話した通り、打ち合わせというのは判断・分析・提案だから。それを言語化して漫画家に説明できる、説得できるっていうスキルが必要で、そのためには自分の引き出しも多くなきゃいけない。でもそれよりも編集者の素養として1番大事なのは、大前提として目の前の才能を愛して、腰を据えて取り組むこと。だから人間が好きになれない人には難しい仕事だね。
仰るところ、非常によくわかります。作品作りは「人」なんですよね。人間に興味があって、相手の感情を大事にするからできる仕事だと僕も感じます。「才能を愛する」というワードの深堀りにもなると思うのですが、「漫画編集」というのは結局どういう仕事なんでしょうか?
簡単に言えば、才能を見つけて育成し、その才能が描く漫画を読者に伝える・繋げる仕事だね。才能と読者のための架け橋。才能を知って、作品を作りながらそれを読者に繋げる。単に作家に作品を描いてもらうだけじゃダメ。漫画が世界で受け入れられている理由でもある一番の特徴は、わかりやすさ。「誰にでもわかる」というところに漫画の技術のすべてがある。作家は自分が描きたいものがまず頭にあるから、それをそのまま描いても読者には伝わらない事が多い。言ってみれば、コカ・コーラとかカルピスの原液はそのままだと美味しく飲めないでしょ。これを割って飲みやすくしたものが売り物になる。美味しく飲めるその絶妙なラインまで原液を調整するのが漫画編集者の仕事だね。
なるほど、非常にわかりやすいです(笑)。薄めすぎても駄目だし濃すぎても駄目、お客さんが美味しいと感じるポイントがどこかを探るというのは確かにその通りだと思います。

編集者に必要な資質とは

編集者の仕事のつらいところ、仕事として覚悟を持ってやらねばならないところはどこだと考えますでしょうか? また編集者に必要な資質とは何でしょうか?
つらいことは連載まで持っていった漫画の打ち切りが決まって、それを作家に伝える時だね。必要なのは、作家に好かれるんじゃなく、信頼されること。漫画家に嘘をつかない。よくアンケートの順位だったり、どういう状況にあるかを正確に伝えず嘘をつく編集者がいる。そういう編集者は、いざって時にちゃんと事実を伝えられなくて、トラブルを起こすことが多い。土壇場で知った作家から編集部に電話がかかってきたり、もっと大変なことも起きたりするわけ。あるでしょ?
ありますね。
だから常に1回1回の打ち合わせを真剣にやって、その結果や反響も、分析を含めてちゃんと伝えていれば、いざというつらい時でもきちんと伝えられる。結局、目の前の人間とどれだけ誠実にコミュニケーションをとって、嘘をつかないかってことが大切。それがつらいところでもあるけれど。本当のことを言っていると、嫌われることももちろんある。本当のことって耳が痛いからね。ただ、最初の連載でヒットを飛ばせる人よりも、2作目、3作目でヒットになる作家のほうが多い。失敗をいかに分析して次の話に、次の連載に繋げるか。やっぱりそのためには正しい情報を伝えてあげないと、次また同じ失敗をしてしまう。繰り返しになるけど大事なことは、作家に好かれることじゃなくて、信頼されること。この人の言うことを聞いていれば大丈夫だって思ってもらえるような人間関係を作ること。
先程までも伺っていた、人を好きになる・人に向き合う力が「誠実さ」なんですね。他にも編集者として必要なものはありますか?
あと必要なのは、好奇心とフットワークだね。特に少年漫画だと、大人が子供向けに作っていくわけで。子供が何に興味を持ってどこにいて、どういうことを考えているかを常にリサーチしなきゃいけない。だから日頃から、人が並んでいたらちゃんとそこに並んで見てみる、何かヒットしているものがあればそれを見て分析する。これを億劫がらずに興味を持ってやれるかどうか。見た上で、思ったことや感じたことを分析して、自分が読者とどれだけずれているかを認識して、ずれを測定していればプロとして食っていける。見てもいないのにコメントしたりして、自分がずれていることを測定できていないとプロとしては厳しい。自分の好きなものに偏らず、世の中の流行っているものや面白そうなものは全部見て知っておく。24時間、目が覚めている限りは、見ているものは全部仕事に繋がるって意識を持つのが大事。

編集者の役割、編集者が存在する理由

作家と関わる中で、この才能はすごいぞと思っていても、上手くいく時といかない時があったと思います。上手くいったものとそうでないもの、何か法則性はありましたか?
僕は上手くいったもののほうが多いんだけど(笑)。
勿論、それはよく存じております(笑)。まずは上手くいかない時に法則性があったかについてはどうでしょうか?
上手くいかなかった事例もいくつかあるね。その分析をすると、ひとつは才能はあったけれど『少年ジャンプ』に合っていなかったこと。もう少し上の年齢向けだったりだとか、読者とのマッチングが上手くできていなかった。もうひとつは、編集として「この作家はこういうものが描けるだろう」という見通しを誤ったこと。「作家自身の描きたいものではなくこっちの方向」という導きが、もっと的確に早くできていたかもしれないと思うことはある。
なるほど。導きと仰っていましたが、鳥山先生とのやり取りではこの点が上手くいったりしたのでしょうか? 何かエピソードがあれば教えてください。
そうだね。鳥山くんで言えば、『Dr.スランプ』の時。それ以前の読み切りとか作品って全部、おじさんが主人公で彼は描いてたの。でも初めて『Dr.スランプ』の1話にアラレが出てきた。このキャラクターが抜群に良かったわけ。目が悪いロボットってものすごく新鮮で良かったから、「2話目を作ってくれ」って言ったら出てきた2話にこの目が悪いロボットがいない(笑)。鳥山くんはあくまでスランプ博士が毎回発明品を作って、それにまつわるエピソードで連載を展開していこうとしてたんだよね。「アラレを主人公にしてほしい」って話をすると鳥山くんは、「少年漫画だから女の子は描きたくない」と言う。でも初めにアラレを描いてきたのはそもそも彼だったし、このキャラには魅力がある。彼を説得したくて、女の子が主人公の短編漫画を描いてもらうことにした。その作品が読者アンケートの3位以内だったら僕の言うことを聞いてほしい、4位以下なら君の言うことを聞くからと。で、めでたく3位だったから則巻のりまきアラレが主人公になった(笑)。何が言いたいかというと、漫画家が描いたものなんだけどその良さに気づいていないものがあって、これを編集側がひっぱり出せたってこと。
漫画家さんが僕らの前に出さない、描いてこないものも存在すると思うんですけど、それはどうやって引き出していかれたのでしょうか?
それはもう壁打ちでひたすら作品を作ってもらったね。引き出すというところで実感したのは『ドラゴンボール』を作った時。鳥山くんが『Dr.スランプ』をやめたがっていた時だね。名古屋から打ち合わせに来てもらったんだけど、僕はちょっと遅れちゃって。当時の副編集長と鳥山くんが話して約束しちゃったの。「『Dr.スランプ』より面白い作品が描けたらやめてもいい」って。彼はそれを真に受けて、やめるために描くと。7日かけて描いていた『Dr.スランプ』を5日で描いて、2日貯金を作る。1ヶ月が4週だから貯金は8日、この8日で読み切りを作って次の連載作品の素を探す。でも描いても描いても読者にまったく受けないわけ。
当時から大人気作品だったわけですが、それ以上を出せたらやめられるんだと思う鳥山さんも、編集部もすごいですね……。描いてもウケないと袋小路に陥りそうですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
打ち合わせで名古屋の自宅に行ったときに、鳥山くんの奥さんが帰り際に「うちの旦那は変わってる」って言ってね。「自分の背中側にビデオデッキを置いて仕事をしている」と。普通、漫画家って下絵が入っちゃえばもうペン入れだけだから手元しか見ないわけ。だから大体音楽とかラジオを聞きながら仕事する人も多い。なのにビデオデッキ、しかも背中側に置くと。それが気になって彼に何を流しているのか聞いたら、映画を流していた。映画の吹き替えを聴きながら作業をして、見たいシーンになったら後ろを振り向くって。この映画の名前を訊いたらジャッキーのカンフー映画だったんだね。セリフを覚えるぐらいだから、50回以上見てるだろうと思って、そろそろ読み切りのネタも尽きてきたし「そんなに好きなら1回カンフーで漫画描いてよ」って話した。それが「ドラゴンボール」の元になる「ドラゴンボーイ」って読み切りになった。
何十回と見ていて、読み切りのネタで困っていたら本人から、「カンフー映画をよく見ているから描きたい」っていうのがありそうですが、なかったのはなぜなんでしょう?
それは本人が「描きたい」と思ってないからだね。好きだけど自分が描くものじゃないと。好きなものと描くものが別だと思い込んでいた。
編集者がいる理由っていうのが、そこに詰まっている気がします。“自分”って意外とよくわからないんですよね。他人から見た“自分”は特に。編集者は、そういうきっかけや気づきをもたらすことが大事と。
やっぱり僕らは、この人はどういう人で何に興味を持ってここまで生きてきた人なのか、今どういう生活をしてどう考えているのかっていうところまで含めて興味を持たないといけない。それができるかどうかが大事だね。例えば相手が自分の好きな人なら、その人自身やその人が興味を持っていることに、自分も興味を持とうとする。好きじゃなかったら興味を持てないじゃん。だから編集者こそ、眼の前の人間を好きになる努力ができる人じゃないと。
作品にも向き合うんですけど結局は人間が作るものなんですよね。他人と深く向き合っていかなければいけないということは、世間一般には知られていないと思います。昨今だと、地方在住の方などで、直接会わずオンラインでコミュニケーションをとることもかなり増えていると思います。オンラインでも密にコミュニケーションはとれると思いますか?
僕は13年間愛知にいた鳥山くんを担当していたけど、13年間毎日電話してた。付き合っていた彼女に電話しない日はあっても、鳥山くんに電話しない日はなかったよ。そうすると、電話の声の調子とか声のかすれで、体調がわかる。「行き詰まってるな」とか「無理してるな」って、全部伝わってくるわけ。だから電話だけでも、そこまですれば十分コミュニケーションはとれると思うよ。ただ、やっぱり月1回ぐらいは会いに行ってご飯食べたりもしてたから、直接会うのも大事だね。こういうコミュニケーションを面倒に感じる人間は編集者には向いてない。さっき言った通り、人を好きになって、相手を常に知りたいと思う好奇心があって、フットワークがないと無理だね。

これからの若手編集者に期待すること

集英社のような大きな出版社と、ブシロードワークスのような小さな出版社があります。それぞれのメリットとデメリットはどんなところでしょうか?
大きいことのメリットは人・物・金を使えること。デメリットは、何か案件を決めて通すのにたくさんのステップが必要になること。例えばジャンプだったら、「この作家いいな」と思ったらまず読み切りから、次に連載会議を経てというふうになる。大きければ大きいほど、そのステップの中で戦うライバルも多くなるから、通る確率も低くなる。小さいメリットはスピード感。編集部、デスク、編集長と順に通していかなくても、直接編集長と話ができたりするでしょ。
そうですね、うちだとそうなります。後は、歴史を“守る”のか。“作る”側になるのかというところもありますね。さて最後の質問になりますが、これから編集者になるであろう若者たちに、何を期待しますか?
僕がこれからの人たちに言いたいのは、会社が大きくても小さくても、会社に合わせすぎないでほしいということ。自分があって会社がある。僕は常に会社が潰れた時に、最高の値段でスカウトされる人材でありたいと思って仕事をしていた。そして会社を使って何を成したいのかがやっぱり欲しい。最近ある程度優秀な編集者と話すと、みんな必ず「ヒットがほしい」って言う。それに対して僕は「なんでヒットが必要なの」って聞き返すのよね。僕からすると、ヒット作というのは、自分たちが作ったものが、どれだけの人に伝わったかということの単なる結果。訴えたい、伝えたいってマインドや「こうじゃないか?」という仮説があるから、その数字を分析するわけでしょ。そもそもそのマインドがないと。数字自体には何も意味がないと僕は思う。ずっと万歩計を見ながら歩いているバカバカしさと同じ。例えば健康になりたいというマインドがあるから万歩計の数値を利用する。目標を設定し、途中の効果を測定していく。目的がないまま万歩計を見ても、ただの数字でしかないのよ。だから若手に限らず漫画編集者になる人たちには、ヒットを出して、結果的に何がしたいのっていうところまで、改めて考えてみてほしいね。
僕自身もヒットが欲しい理由を常に考えていきたいと思います。今日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました